盛岡地方裁判所 昭和63年(む)1号 決定 1988年1月05日
主文
原裁判を取消す。
理由
一、申立の趣旨および理由
本件準抗告の申立の趣旨および理由は、検察官山本信一作成の昭和六三年一月五日付「準抗告及び裁判の執行停止申立書(甲)」と題する書面記載のとおりであるから、これを引用する。
二、当裁判所の判断
別紙のとおり。
三、よって、本件申立は理由があるから、刑訴法四三二条、四二六条二項を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官土居葉子 裁判官木口信之 裁判官夏井高人)
別紙
原決定は、本件被疑者の逮捕手続には、被疑者に対し逮捕後直ちに弁解の機会の付与や弁護人選任権の告知を行わなかった違法があるとして、本件勾留請求を却下したので判断する。
一件記録によれば、本件被疑者に対しては、昭和六二年一〇月二七日午前一〇時ころ、盛岡市八幡町においてカメラ一台等を騙取したという詐欺被疑事件により岩手県盛岡東警察署において捜査が行われ、同警察署司法警察員による逮捕状発付請求に基づき、昭和六二年一二月一八日、盛岡簡易裁判所裁判官から逮捕状が発付されていたところ、昭和六三年一月二日、被疑者が宮崎県小林警察署へ出頭したため、同日午後六時ころ、同警察署司法警察員は、右被疑事実を告げたうえ、前記逮捕状に基づいて被疑者を逮捕し、新幹線等を乗り継ぎ、同年一月三日午後五時五〇分、被疑者を盛岡東警察署司法警察員に引致し、同司法警察員は、同日午後五時五二分、同警察署において、被疑者に対し、右逮捕状を示すとともに、同逮捕状記載の被疑事実の要旨及び弁護人選任権を告げたうえ、弁解の機会を与えたことが認められる。
以上によれば、宮崎県小林警察署における逮捕の時点から盛岡東警察署へ引致するまでの間に約二三時間五〇分を要しているものではあるが、右両警察署の地理的関係やその間の交通事情にも鑑み、右引致の過程に格別遅延と目すべきものがあったとは認められない。
そして、その他、前記のとおりの本件の一切の事情に鑑みるに、本件において、被疑者を盛岡東警察署へ引致した後の右の時点で被疑者に対する被疑事実の要旨、弁護人選任権の告知並びにその弁解の機会の付与がなされた事実をもって直ちにその逮捕手続に違法があったということはできない。
そして、本件一件記録によれば、被疑者は、本件被疑事実を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるうえ、本件につき刑訴法六〇条一項一号ないし三号の各事由及び勾留の必要性があることも優にこれを肯定することができる。
よって、逮捕手続を違法として本件勾留請求を却下した原裁判は、取消を免れない。
別紙準抗告及び裁判の執行停止申立書(甲)
記
第一 申立ての趣旨
一 被疑者は、罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があり、刑事訴訟法第六〇条第一項の各号に該当するのみならず、勾留の必要性が大であることが顕著であるのに、逮捕手続の違法を理由に勾留請求を却下したことは判断を誤ったものであるから、右裁判を取り消した上、勾留状の発付を求める。
二 右勾留請求却下の裁判により直ちに被疑者を釈放するときは、本件準抗告が認容されても被疑者が逃走して取調べができなくなるので、本件準抗告の裁判があるまで勾留請求却下の裁判の執行停止を求める。
第二 理由
別紙のとおり。
別紙
一 原裁判は、本件勾留請求につき、逮捕手続に違法があるとして勾留請求を却下した。
その理由は、必ずしも定かでないが、被疑者を逮捕した宮崎県小林警察署司法警察員が、昭和六三年一月二日午後六時、同署において、被疑者を逮捕しながら、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与えることなく、盛岡東警察署に引致の措置をとり、結局一月三日午後五時五〇分、同署に被疑者を引致するまで前記手続を履践しなかったことは、刑訴法第二〇三条第一項に違反し違法と判断したものと思われる。
二 しかしながら、原裁判は刑訴法第二〇三条第一項の解釈適用を誤ったもので、失当と言わざるを得ない。
即ち、まず、被疑者が逮捕されてから盛岡東警察署に引致されるまでの経過をみると、昭和六三年一月二日午後六時、小林警察署において、同署に出頭した被疑者を、同署司法警察員巡査部長永吉征一郎が、一種手配の被疑事実を読み聞かせ逮捕状が発せられていることを告げた上で逮捕したが、盛岡までの護送に必要な手配に時間を要した上、航空券が入手できなかったため、止むを得ず、午後九時、自動車で同署を出発し、同日午後一〇時半、宮崎駅に到着、同日午後一一時一五分同駅発急行「日南」で宮崎を出発し、翌三日午前六時一二分、小倉駅に到着、同日午前六時五〇分発新幹線「ひかり二〇号」に乗車し、同日午後一二時三四分、東京駅に到着し、同日午後二時、上野発新幹線「やまびこ六三号」で上野駅をたち、同日午後五時三四分、盛岡駅着(約一五分延着)、同日午後五時五〇分、盛岡東警察署に引致したものであり、同署においては、引致を受けた司法警察員警部補笹枝則男が、同日午後五時五二分、被疑者に逮捕状を示した上、被疑事実の要旨及び弁護人を選任できる旨を告げ、弁解の機会を与え、弁解録取書を作成した事実が認められる。
三 右に述べたとおり、まず被疑者を逮捕した永吉巡査部長においては、被疑事実を読み聞かせ、その被疑事実を内容とする逮捕状が発せられている旨を告げた上で、被疑者を逮捕しており、そこに何ら違法と目すべきものがないことは明らかであり、むしろそこで一応弁解の機会を与えたと認める余地すら存するのである。一月二日午後六時の逮捕後、小林警察署警察官は、護送人員の確保・航空券・鉄道乗車券の手配などに手間取って、午後九時同署を出発するまで約三時間を要しているが、これは、突発的に起こった被疑者護送という措置のための準備としてまことに止むを得ない時間であり、これを非難すべき理由は見当たらず、その後は列車を乗り継いで盛岡に来て盛岡東警察署に引致しているのであって、その間、同月三日午後五時五〇分の引致に至るまで約二四時間近い時間を要したとしても、これは止むを得ない時間と認めるのが相当であり、その上同署においては、前述のように直ちに刑訴法二〇三条に定める手続をとっているのであるから、逮捕手続に違法・不当な点はないと言うべきである。
四 原裁判は、前記経過は認めながら、要するに、小林警察署において被疑者を逮捕した司法警察員が、直ちに逮捕状の内容をなす犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上弁解の機会を与えなかったとの点をとらえて、逮捕手続に違法ありとするもののようであるが、指名手配被疑者を他の都道府県警察が逮捕した場合における刑訴法二〇三条の措置は、逮捕警察署員から引致を受けた手配警察署司法警察員において行ない、その際直ちに「弁解の機会の付与」と「弁護人選任権の告知」の手続をとるのが通例であり、それは刑訴法自体が予定しているところと解するのが相当である。
すなわち、
(1) 刑訴法第二〇二条の引致は、その後の同法第二〇三条の手続である弁護人選任権の告知、弁解の機会の付与、釈放または送致という一連の手続の一環として行われるものであるから、その後の手続を行う機関において行うことを法が予定しており、これを切り離すことができない。
(2) 弁解の機会の付与は、その弁解の内容をその後の捜査機関の前記判断に反映させるためのものであるから、事件を処理する司法警察員に弁解の機会の付与を行わせることが、より被疑者の権利を実質的に保障させる結果となる。仮に、弁解の機会の付与を逮捕地の警察署にさせるとすれば、他の証拠資料と対照しその後の捜査の必要性を考慮して行う留置要否の判断を十分に行うことができず、形式的な弁解の機会を与えたにとどまることになる。(本件では、逮捕した司法警察員から手配署の司法警察員に引致手続をとることになるが、刑訴法二〇三条は、逮捕された被疑者の身柄の措置について所定の手続を定めたもので、次条に対応する規定であるところ、司法警察員は、自ら逮捕状により被疑者を逮捕したときは、刑訴法二〇二条の引致手続を要せず、二〇三条の手続を行うこととなるが、他の司法警察員に引致することも許されると考えられ、この場合には、逮捕された被疑者の引致を受けた司法警察員が二〇三条の手続をとることとなる。――注解刑事訴訟法第二巻一〇五頁――)
(3) 弁護人選任権の告知についても、刑訴法二〇三条一項が規定しているとおり、犯罪事実の要旨と弁護人選任権の告知を併せて行った上、弁解の機会を与え、その結果をふまえて留置要否の判断をすることを求めており、これによっても、その後の手続を行う機関(手配警察署)においてこれを行うことが、被疑者の利益につながることとなる。仮に逮捕地の警察署で弁護人選任権の告知を行うこととしても、被疑者は直ちに護送されるので、弁護人との接見の時間的余裕がないばかりか、逮捕警察署においても、護送されて行く被疑者の接見日時等を指定できるはずがなく、結果的には、実質的な被疑者の防禦権の行使にはなり得ない。
と解すべきものである。
しかるに、小林警察署員が逮捕後直ちに「弁解の機会の付与」と「弁護人選任権の告知」をしなかったからと言って、これを違法とすることは、明らかに刑訴法二〇三条一項の「直ちに」という趣旨の解釈を誤り、逮捕状も一件記録も持たず、したがって留置要否の判断をすることができない司法警察員に何ら実質的な意味のない形式的な手続を履践することを求めるのにすぎず、到底これを容認することはできない。
なお、原裁判は、昭和五八年六月二八日大阪地裁第七刑事部決定(判例タイムズ五一二号一九九頁)を根拠として本件逮捕手続を違法と断じているようであるが、右事案は、兵庫県飾磨警察署の司法巡査が、逮捕した被疑者を同所からさほど遠くない大阪府阿倍野警察署の司法警察員に引致するに当たっての事案でしかも引致前一晩留置した事案であり、本件とは全く事実関係を異にするものである。